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東京地方裁判所 平成3年(合わ)240号 判決

主文

被告人両名をいずれも懲役一二年に処する。

未決勾留日数中一五〇日をそれぞれの刑に算入する。

被告人両名からけん銃一丁(平成四年押第四四九号の1)及び実包一〇発(同号の2)を没収する。

理由

【犯罪事実】

被告人両名は、丙と共謀の上、

第一  富士銀行の行員を強制的に連れ去って、安否を憂慮する同銀行代表取締役らから、その憂慮に乗じて三億円を取得しようと考え、平成三年一一月二六日午後七時五〇分ころ、東京都渋谷区〈番地略〉同銀行代々木家庭寮敷地内において、たまたま帰宅途中であった同銀行東京事務センターに勤務するA(当時三七歳)にけん銃(〈押収番号略〉)を突き付け、元代々木町四三番六号付近路上に待機させていた自動車の後部座席に押し込んで支配下においた。二七日午前一時四五分ころ、埼玉県所沢市〈番地略〉同銀行代表取締役頭取橋本徹方に電話をかけ、橋本に対し、「Aを預かっている。Aを取り返したいなら、三億円を用意して欲しい。もし、警察に通報したらAの命はないと思え。富士銀行の別の行員も抹殺する。」などと言った上、さらに、同日午後四時二四分から二九日午後五時二一分ころまでの間、四七回にわたり、千代田区大手町〈番地略〉同銀行本店に電話をかけ、上條正親らを介して橋本に対し、「金は揃ったのか。」「一から十まで言うとおりにしろ。ごたごた言うんだったら本当に知らない。」「Aさんも目隠しされて精神状態がおかしくなると思いますよ。」「人の命がかかってるから遊び半分でやってるわけじゃない。」「殺すぞ、本当に。」などと言って、橋本がAの安否を憂慮しているのに乗じて三億円の交付を要求した。

第二  一一月二六日午後七時五〇分ころ、Aを元代々木町四三番六号付近路上に停車中の前記自動車の後部座席に押し込み、両手に手錠をかけて、自動車を発進走行させた上、午後一一時ころ、Aを、新宿区〈番地略〉第三二〇〇マンション七〇五号室に連れ込み、両手に手錠をかけるなどして監視し、三〇日午前零時二七分ころ警察官に救出されるまでの間、Aが右自動車及び○○マンション七〇五号室から脱出することを不可能にして監禁した。

第三  法令で許された場合でないのに、一一月二六日午後七時五〇分ころ、代々木家庭寮敷地内において、回転弾倉式けん銃一丁(〈押収番号略〉)及びけん銃用実包五発(押収番号略の一部)を所持した。

【証拠】〈省略〉

【補足説明】

弁護人らは、本件において、富士銀行代表取締役頭取橋本徹は、刑法二二五条の二にいう「近親其他被拐取者の安否を憂慮する者」に当たらず、みのしろ金目的拐取及び拐取者みのしろ金取得等の罪は、いずれも成立しないと主張するので、この点について判断する。

刑法二二五条の二にいう「其他被拐取者の安否を憂慮する者」には、単なる同情から被拐取者の安否を気づかうに過ぎない者は含まれないものの、近親以外で被拐取者の安否を親身になって憂慮するのが社会通念上当然と見られる特別な関係にある者はこれに含まれると解されるところ(最高裁判所昭和六二年三月二四日決定・刑集四一巻二号一七三頁参照)、この特別な関係にあるかどうかは、被拐取者との個人的交際関係を離れ、社会通念に従って客観的類型的に判断すべきであり、そのような特別の関係にある以上、近親に準ずるような者でなくても「安否を憂慮する者」に当たるものと解される。

そこで本件についてみると、確かに、みのしろ金要求の相手方橋本と被拐取者Aとの間に個人的交際関係は全くなく、両者の関係は都市銀行の代表取締役頭取と一般行員というに過ぎない。しかし、我が国の会社組織においては、多少社会的流動性が高まってきているとはいえ、大企業を中心に終身雇用制が広く認められ、会社側が社員らの福利厚生を含め、その生活全般を保護しようとする関係にあることが認められる。このような社会的背景事情等もあって、大企業の社員が誘拐され犯人が会社側にみのしろ金を要求した場合、代表取締役は、社員が安全に解放されることを切に願い、無事に解放されるのであれば、みのしろ金がたとえ高額なものであっても、会社を代表して交付するものと社会一般に考えられている。現に、前掲各証拠によれば、本件においても、Aが誘拐されたことが判明した後、橋本から富士銀行の部下に対して、Aが無事救出されることを最優先に考えるよう指示が出され、それに従って直ちにみのしろ金三億円が用意されたこと、他方、被告人らも銀行側が当然みのしろ金を出すものと考えて本件犯行を計画し、行動していたことが認められるが、これらの事実も前記のような社会一般の考えを裏付けるものである。

以上のような理由により、誘拐された者が一般行員であっても、都市銀行の代表取締役はその行員の安否を親身になって憂慮するのが社会通念上当然と見られる特別な関係にあるものと認められる。

なお、弁護人の主張するように、代表取締役の憂慮の動機には、銀行の体面、信用や他の行員への配慮といった面もあることは否定できないが、いかなる動機に基づくにせよ、被拐取者の安否を気づかうにとどまらず、親身になって憂慮すると見られる関係にある以上、「被拐取者の安否を憂慮する者」に含まれると解することの妨げとはならない。

よって、富士銀行代表取締役頭取橋本徹は、「被拐取者の安否を憂慮する者」に当たり、みのしろ金目的拐取罪及び拐取者みのしろ金取得等罪が成立する。

【累犯前科】

一  被告人甲

1  事実

昭和五五年一〇月一五日横浜地方裁判所宣告

殺人、窃盗罪により懲役九年

平成元年八月一五日刑の執行終了

2  証拠

被告人甲の前科調書

二  被告人乙

1  事実

(1) 昭和五二年一一月一五日札幌地方裁判所宣告

業務上横領、強盗致傷罪により懲役一〇年

平成二年九月一日刑の執行終了

(2) 昭和六二年二月一七日旭川地方裁判所宣告

詐欺罪により懲役二年四か月

平成元年五月一九日刑の執行終了

2  証拠

被告人乙の前科調書

【適用法令】

一1  罰条

(1) 第一の行為  みのしろ金目的拐取の点について、刑法六〇条、二二五条の二第一項、みのしろ金要求の点について、刑法六〇条、二二五条の二第二項

(2) 第二の行為  刑法六〇条、二二〇条一項

(3) 第三の行為  けん銃所持の点について、刑法六〇条、銃砲刀剣類所持等取締法三一条の二第一号(刑法六条、一〇条により平成三年法律第五二号による改正前の刑)、三条一項、実包所持の点について、刑法六〇条、火薬類取締法五九条二号、二一条

2  科刑上一罪の処理

(1)について、五四条一項後段、一〇条(犯情の重いみのしろ金目的拐取罪の刑で処断)

(3)について、五四条一項前段、一〇条(重い銃砲刀剣類所持等取締法違反罪の刑で処断)

3  刑種の選択  第一の罪について、有期懲役刑を、第三の罪について懲役刑をそれぞれ選択

4  累犯加重  被告人両名につき、刑法五六条一項、五七条(第一の罪の刑については更に刑法一四条)

5  併合罪の処理  刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(最も重い第一の罪の刑に刑法一四条の制限内で法定の加重)

二  未決勾留日数算入  刑法二一条

三  没収  けん銃について、刑法一九条一項一号、二項本文、実包について、刑法一九条一項二号、二項本文

四  訴訟費用の処理  刑事訴訟法一八一条一項ただし書

【量刑事情】

一  被告人両名は、平成三年四月ころから、一獲千金を狙って、みのしろ金目的誘拐、強盗等の犯罪行為を計画し、準備を進めていたが、資金不足等の理由から七月下旬になってこの計画を一旦中断した。その後、被告人甲が自動車を運転できる丙を仲間に引き入れ、九月ころから、みのしろ金目的誘拐等の企てを再開し、強盗、レストラン経営者の誘拐、富士銀行大井町支店銀行員の誘拐等を次々と計画し、多数の場所を下見したが、いずれも、実行の着手に至らなかった。最終的に、被告人らは、帰宅途中の富士銀行行員を拉致して富士銀行代表取締役からみのしろ金を取得しようと考え、拉致するのに最も人目につきそうにない代々木家庭寮を実行現場として選択し、本件犯行に及んだ。

1  被告人らは、生活資金に事欠くようになったものの、就職先を探そうともせず、誘拐という卑劣な手段によって一獲千金を狙い、本件犯行に及んだものであって、動機に酌量の余地はない。

2  被告人らは、図書館で富士銀行の役員等の氏名、電話番号を調査し、行員の寮を下見し、凶器としてけん銃を入手し、犯行に使用する自動車のナンバーを偽装するため他車のナンバープレートを盗むなどした上、本件犯行に及び、Aを拉致するに際しては、実包の入ったけん銃を背中に突き付けており、監禁の態様も、手錠をかけ、ガムテープで目隠しをするというものである。更に、要求したみのしろ金の額も三億円という莫大なものであるし、みのしろ金要求に際し、富士銀行の不正融資事件がマスコミで話題にされていたことから、富士銀行の不祥事についての証拠を持っているなどと嘘を言って、銀行側が本件を警察に届け出ないようにしている。

このように、本件は、まさに計画的犯行であり、その態様は巧妙にして極めて悪質である。

3  被害者Aは、本件当時たまたま被告人甲の前を通り掛かったためけん銃を突きつけられて、自動車に連れ込まれるや、手錠と目隠しをされ、その後、約三日間目を開けられない状態で、殺されるのではないかという死の恐怖にさらされていたのであり、本件犯行によって受けた精神的肉体的苦痛は想像を絶する。他方、生死の明らかでないAの無事を祈るほかどうすることもできず、ひたすら救出を待っていた関係者、特に親族に、与えた精神的苦痛も計り知れない。

4  本件は、一般銀行員を誘拐して代表取締役頭取に対してみのしろ金を要求するという大胆不敵な犯行である上、被告人らは富士銀行行員等を無差別的に狙っていたことを考えると、本件が広く社会に与えた恐怖感も軽視できない。

5  被告人甲は、被告人乙に対してみのしろ金目的誘拐事件等の話を持ち掛け、本件の端緒を作ったほか、共犯者丙を計画に誘い込み、また、本件の実行に際しても、代々木家庭寮においてAにけん銃を突き付け、自動車に連れ込んでいるほか、多数回にわたり富士銀行頭取に対しみのしろ金を要求する電話をかけており、実行行為の主要な部分を担当している。

被告人乙は、平成二年九月に前刑を終え出所した後も定職に就かず、知人宅を転々とし、出所後わずか一年余りで本件犯行に及んでいる上、みのしろ金要求の相手方や脅迫文言を決めるなど本件犯行の具体的計画を立案し、主導する立場にあり、また、本件で使用したけん銃、実包を知人から調達している。

二1  捜査機関と富士銀行の適切な対応の結果ではあるにしても、富士銀行がみのしろ金を交付することもなく、Aは事件発生から約三日後に無事救出されている。また、被告人らは、監禁中、Aに睡眠薬を飲ませるなどしたほかは、特に危害を加えていない。

2  被告人両名は、本件について深く反省し、今度こそ立ち直りたい旨述べており、被告人甲の姉も、公判廷において、家族で、被告人甲の立ち直りを援助する旨供述している。

三  以上の事情を総合して考慮し、主文のとおり量刑した。

(求刑―懲役一五年)

(裁判長裁判官池田修 裁判官村田健二 裁判官釜井景介)

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